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Viva! 職人 TASSE建築日誌
第一章 「出会い」
第二章 「小豆参戦!」
第三章 「棟梁 登場!」
第四章 「にわか大工 床を張る!」
第五章 「階段板はいずこに」
第六章 「棟梁の技の数々」
第七章 「電気屋さん、水道屋さん、クロス屋さん」
第八章 「店舗ファサード」
第九章 「タイル職人チーム参上!」
第十章 「階段手摺りを作ってくれませんか?」
陶芸教室とうつわのお店 TASSE が出来あがって行く中で日々現場に入り職人さん達と共に汗を流した施主の奮闘記です。
家を造るという仕事に携わるあらゆる職種の職人さん達の存在を身近に感じて頂けたらと思います。
実録版とも言える日誌形式で書きました。お気軽に読んでいただければうれしいです。
さて、わがままな施主に気持ちよくお付き合いしてくれた素敵な職人さん達をそのかっこいい仕事ぶりの写真とともに愛情を込めて紹介していきます。
第一章 「出会い」
住宅も兼ねたお店と教室を建てよう! と決めてから我々のイメージ(妄想)はふくらむばかり。ところが散々探しまわっても手持ちの資金で建てられて、納得できる場所はなかなか見つからないしであっという間に2年の歳月が…。
八方塞がりに気分もブルーに行き詰まっていました。
ある日ネットでふと目にした土地情報、こうなるともうマメに当るしかありませんさっそく週末に出掛けて行きました。
都市基盤整備公団(現:独立行政法人都市再生機構)が開発を進めている八王子みなみ野はまさに絵に描いたようなニュータウンでした。でもその時の土地はいわゆる「第一種低層住宅専用地域」で店舗となると法的に規制は無いのですが…。
やはり一般住宅地、ご近所さんに迷惑はかけられません。
「やっぱりここでお店をやるというのはまずいよね…。」とため息混じりに夕暮れのなかをブラブラとしていると
「土地をお探しですか?」と腰を低くしながら近づく人物が!
「?!」
この怪しい若者に私が一歩身構えていると、相方が大まかな事情を説明。
すると彼は「ほう、面白そうですね」と一言。うーむますます怪しい。
後でわかったのは、まがりなりにも彼は某大手Sハウスメーカー(バレバレ?)の営業担当で熱血営業がモットーの個性的な人で、やはり変わり者同志でなにか引き合うものが有ったのでしょうか?
そして彼は事も無げに言ったのです「無い事はないですよ」
この一言がきっかけでそれから1年間苦楽を共にする間柄になるとは!
その時見に行った区画も今では
すっかり住宅が建ち並んでいます
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第二章 「小豆参戦!」
2003年の秋、夕暮れの道端で出会った人物は某ハウスメーカーの営業担当K氏でした。
<その時の会話(実録版)>
K氏(以下K)「ようするにお店ができれば良い訳ですよね」
相方:「えっ?そんな土地がありますか?」
K :「はい、車から資料持ってきますから、
    ちょっと待っていていただけますか」
相方:「は、はい。」
ふたりの心の声:(ほんとー?こうなりゃワラでもつかみまっせー!)
K氏が紹介してくれたのは、駅前から続く道路から一歩入った一角でした。
なんと! とても駅にちか〜い!!
でもって、もちろん彼の会社の建築条件付。
今まで散々探しても無いものがなんでこんなに簡単にあるのぉー。
世の中のからくりってコワイ。
私たちは思わず顔を見合わせた「おーい、どうするぅ? Sハウスかあ…。」
世間ではあこがれのハウスメーカーも店舗作りを目指す我々にとっては大問題。店舗設計は普通の住宅とはかなり違う世界、ハウスメーカーにできるのだろうか?
しかし店舗可の土地は魅力的、ともかく後日見に行く約束をしました。
そして、我々がその土地を見てから数日後に出した結論は…。
「もう決めてやるっきゃないでしょう!」
こうしてついに2003年秋、TASSE建築の怒涛の日々の幕が開いたのでした。
しかーし、予想通りというかメーカー側のスタッフは皆さん陶芸をやったことが無い。陶芸を体験してもらったりもしましたが、どんな設備をどのように設置するのかなど専門的な事柄を完全に理解してもらうのはなかなか難しかったったようです。提示される間取りは住宅としては申し分の無い堅実なものばかり、
「違う、これも違うなあ…。」
こんな事が繰り返されているうちにどんどん時間は経過し年を越してしまい…。
「このままじゃいかーん! こうなったらわたしが描く!」
2004年1月 ついに小豆参戦!
やがてわたしの拙いラフスケッチを元に紆余曲折の末間取りが決まり、正式な図面が出来あがりました。
以来、床と階段の踏み板や窓縁は無垢の木がいいの、店舗や室内ドアも木製にしたいだの我々の要求は 予定通り(!)エスカレート。(全体の雰囲気を決定する要素だけにこの点だけは譲れません)結局予算の都合もありそれらの建材は自前で用意し、床は自分達で張ることに。きっと、営業所始まって以来のやっかいな施主にもかかわらず、いやーほんと、大らかに受けとめていただきました。K氏も会社と我々の間で少なくとも我々が聞いている以上に大変だったことと思います。
本当にありがとうございました。この場を借りてあらためて感謝いたします。
間取り、設備、外装などの決定を経てついに3月13日地鎮祭、29日着工となりました。
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第三章 「棟梁 登場!」
土壌調査、基礎工事のあと躯体工事へと、順調に工程が進み外壁が建ち上がりサッシがはめられて屋根がのったことで4月の末には家の全体像が見えるようになりました。
*「建て方」のお仕事
「建て方」とは、基礎の上に躯体を立ち上げ、外壁やサッシを取り付ける職人さんのこと。
若い親方Kさんをはじめ、職人さんは皆さんとても礼儀正しい方たちばかりでした。
・まだ中はガランドウです。
そして5月連休明けの翌週、これからお世話になる工務店の棟梁と顔合わせをする日が来ました。祝いの純米吟醸酒をもって現場へおもむくと、既に足場に乗って現場チェックをする後姿が・・。
営業K氏(以下K):「まあ、ちょっと顔は怖いけど腕のいい
           ベテランの大工さんですから」
わたし(以下豆):「えっ? 顔怖い?」
K:「初対面の人にはそっけない印象が有るかもしれないですけど
   とても親切な大工さんだから大丈夫ですよ」
豆:「はあ、」(だ、大丈夫って・・・?)
K:「最初が肝心、でもきっと奥さんとは気が合うと思うな」
豆:(なにを根拠に言っておるのじゃ。)
K:(恐る恐る)「棟梁! あの〜、よろしいですか?
   施主さんをお連れしましたー。」
豆:(あの〜、よろしいですかぁ?
   すごい恐る恐るじゃないかK、そんなに怖いのぉ?)
ゆっくりと足場から降りてくる棟梁。 その顔を見た瞬間、感じたのです。
「あっ!確かにこわ〜い顔、でも初めての人に会うの照れくさいなって顔に出てる!良い人だ」と。
そして「ぶっきらぼうで強面の職人! いいなー 楽しみ〜っ。」とワクワクしました。
余談ですが。
実はわたくし、かつて若き日に職人世界にあこがれ、菓子職人として当時男ばかりの厨房に入り、日々粉にまみれ水にぬれながら頑張っていた頃がありまして、いわゆる職人にはなじみがあるのです。
今ではスウィ〜ッだのカリスマ パテシィエなどどマスコミが持ち上げて、華麗なる世界のような印象がありますが、当時は女性が厨房に入ることには良い顔はされないようなせまーい世界でした。仕事場では真剣に作業に取り組み、ひたすら日々精進が肝心、でも仕事が終わったら多いに遊ぶ! メリハリのあるのが職人気質でした。
理屈の通用しない環境ではありましたが、モノを創る楽しさ難しさ大変さを体験できてよかったと思っています。
のちにわかったのですが、菓子作りと陶芸は技法が非常に似ているところが沢山あってビックリしました。
棟梁:「サ○○です。」
豆: 「よろしくお願いします。」
棟梁:「床、自分達で張るんだって?」
豆: 「はい、素人が現場に入って申し訳ありませんが
    よろしくお願いします。」
棟梁:「ふ〜ん、まあ頑張ってくださいな」
豆: (ひぇ〜、やっぱりそう言われたか、よーし やったるでー)
わたしの職人魂にも小さくポッ!と火がついたみたいでした。
でも結局それから二人だけで4時間も現場で話し込んでしまいました。何を話したかって? 木の性質のこととか技術的な打ち合わせなどなど・・・。
これって気に入られたのかしら?はたまた話しの端々ににじみ出る私の職人魂が伝わったのでしょうか、最後には「俺の道具貸してやるから」とまで言ってくれました。
何だか嬉しいな、先が楽しみになってきました。
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第四章 「にわか大工 床を張る!」
大工工事の始まりに合わせて現場近くにアパートを借り、八王子に生活の場を移しました。9月上旬頃の引渡しを目指して3ヶ月近くに及ぶ長丁場です。(この後、長丁場どころか仮住まいの契約を延長してもらう事態になるとは・・・。)
施工上の段取りを把握する事と記録写真を撮るために、そして何よりも今後現場に入るにあたりコミュニケーションを図っておきたかったので、ほぼ毎日午後3時半の休憩時間になる頃に差し入れドリンクを持って現場に顔を出しました。 ちょっと迷惑な施主? でも結果、建材の搬入予定日や施工方法など、具体的な打ち合せや情報交換が出来ました。
自前で手配していた床材や建具の入荷があったのが5月の中旬でした。一日で4ヶ所からの荷受けをしなければなりません。K氏の「手伝いますから僕の休みの日に合わせてください」とありがたいお言葉。ほんとうに助かりました。
若いってイイ! 感謝!
床材の入荷、検品
「いやー良い感じ! 
 よかったー。」
オラー、運ぶぞー」
棟梁の掛け声で荷揚げ開始。
棟梁と大工のトミちゃんは軽々とバランスよく肩に担いでスタスタ、
素人トリオは梱包の長さと重さに振り回され気味でヨロヨロ。
今回の床材は堅い南洋材のため、すごく重い!
階段がまだ付いていないために、この後の2階への荷揚げがメチャクチャきつかった!!
床材とタイルはネットで買いました(http://www.sanwacompany.co.jp/)。床材は南洋材と言われているもので、品名はケンパス。東南アジアとニュージーランドに分布するマメ科属の広葉樹です。赤味がかった色合いがカリンに似ています、同じマメ科属だからでしょうか。板毎に赤味の濃さに幅があるので、張るとそれが濃淡のグラデーションを成してなかなか味わいがあります。棟梁の話しではアピトンという木にも似ているらしいです。(こちらはフタバガキ科属)
2階の住居用に選んだウレタン仕上げが巾90mm、長さ1820mmで厚みは15mm。店舗用のオイル仕上げが巾90mm、長さ900mmで厚みは18mmです。 四方向に実加工がされていて堅い木のためか反りなどは全くなく、実加工精度も非常によかったです。木材のプロ、研究熱心な棟梁にも気に入っていただけたようです。
ベース造りが完了した翌週後半、いよいよ床張りです。初日は相方が仕事で参加できず、大工のトミちゃんと私の2人でスタートです。
張り始めのアタリをとる大工のトミちゃん、tobi ルックが決まってるぜ! 
日替わりで赤・白・青・黒のローテーション。 今日は赤!
南洋材はとても堅いので今回は棟梁のすごい「秘密兵器」を使わせていただくことになりました。エアーガンでホッチキスの親玉みたいな針を打ち込みます。結構危険な飛び道具といったところです。2人で交互に一枚ずつ床板をはめ込む、打つ、はめ込む、打つ、を繰り返します。上手く打ち込めたり、失敗したり、一喜一憂しながらもなかなか息が合ってるじゃない?!
当てる角度が大事、引き金を引く時、一瞬無意識に息が止まってます。角度が悪いとエアーに弾かれて表面に針が叩きつぶされてしまいます。こうなるとグラインダーで切り取るしかありません、トホホ。
柱回りの処理の仕方を棟梁に教わる。上がり框の打ち合せも、「ふむふむ、なるほど。」
翌日から相方も加わり、K氏の手伝いもあり床材の精度の良さにも助けられ、予想以上に順調に作業が進みました。棟梁もトミちゃんも、さぞかしホッとしたことでしょう。
いや〜、うつくしいー! 一日流した汗の分しみじみと感動です。
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第五章 「階段板はいずこに」
仕事柄「質感」とか「風合い」などには自分たちなりの思い入れがあります。
「お店の階段の踏み板は無垢板で作りたい」と当初から決めていました。
昔から「時間を経たものの味わい」というものにかなり愛着を持ってきました。
たとえば、実家から譲り受けた色々な雑貨を今も大切に使っています。それはホーローの大鍋であったり、磨り減って角の丸くなった木へらであったり、または、もう鳴らなくなった家具調のラジオやちゃぶ台だったりします。
「仕舞い込まずに今も使い続ける」ことにもこだわっています。不思議なことに道具などは使うのを止めてしまうと本当に「ただの汚い古びた物」になってしまいます。でも使い続けている内は「味わい」を熟成し続けるように感じます。
まあ、これは「思い込み」よく言えば「思い入れ」というものなのでしょう。
でも好きなものを身近に置いて生活する事の楽しみは格別です。
さて、このような次第で毎日の昇り降りで磨り減ったり、ひびなどが入って良い具合になったりと時間を経るごとに風合いが増していく、そんな踏み板を求めて材料探しをしました。木のことなら材木屋だろうとまず電話帳やネット検索で調べて八王子市内の材木屋を訪ねました。しかし、材木屋さん曰く
「無垢板で厚み40ミリ以上ねえ・・・。
 幅もある程度必要なんだよね、集成材じゃだめかね?」
いきなり訪ねた我々に親切に相談にはのってくれましたが材木屋では特別な寸法のものは難しいことが分かりました。
そう、我々が行くべきなのはいわゆる丸太がゴロゴロと積んであるような製材所だったという訳です。
棟梁に相談したところ
「広い敷地が必要な製材所は東京にはもう無いと思うよ、
 群馬なら幾らでも有るんじゃないか?」
棟梁の一言でハタと思いました、
「そうだ、群馬なら子持村にだってあるじゃないか!」
以前群馬の工房を建てた時の事です。
その時も2階部分を自分たちで仕上げたのですが、床の根太材やヒノキの床材などを村内のS製材所から購入しました。
「どのみち群馬には定期的に行ってるんだから
 またSさんに頼んで丸太から切ってもらおう!」
ということで階段板17段分を求めて週末群馬に向かいました。
何年振りかの訪問にもかかわらずSさんは快く相談にのってくれました。
土足で歩けて、でもそこそこ柔らかい材質、入手し易く、リーズナブルということで北米赤松(レッドファー)にしました。
日本では米松と呼ばれていますが、正確には日本の松とは同属ではありません。マツ科のトガサワラ属の常緑針葉樹で日本でも極限られた地域に自生しています。
「あの丸太がTASSEの階段になるんだ!」
これで重要課題だった階段板を手配する事ができました、ホッと一息です。
こうして次の週末に引き取りに来ることにしてS製材所をあとにしたのでした。
ウチの車はフツーの乗用車にもかかわらず、いつでもこんな風に過酷に使われています。もちろん階段板もみっちり積み込んで群馬から運んできました。
(その時の写真が無いのでこの写真でなんとなくご想像ください。)


ついに階段がつきました!
もう2階にハシゴで登らなくてもいいのが嬉しい!
後日オイルを塗りました。
第六章 「棟梁の技の数々」に続く

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